宇藤花菱会

Japanese M/M Romance for 18 and over.

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□ その後の日々 □

俺たちの朝。

目覚めると、アキラが「おはよう」と言いながら、寝床の中で両手を突き上げて大きく伸びをした。「うーーん」と唸ると、腹筋の力でむくりと上体を起こした。

いつものことだ。一度だけ彼のログハウスに泊まった時もそうだった。彼の毎日は、そうやって始まるのだろう。

隆輔もいつもと同じように起き直ると、身支度をした。台所へ移動すると、アキラが朝食を用意する横でコーヒーを淹れた。差し向かいで着席すると、食って、飲んだ。その片付けも済ませると、一人は黒革のライダースジャケットを着て、一人は紺色のスーツジャケットを着て、それぞれに手荷物を提げて、リビングを横切った。それぞれの職場へ向かうためだ。廊下へ出る扉の手前で、ふと、アキラが振り返った。

リビングを一望し、キッチンを眺めて、隆輔の顔を見た。隆輔を強い既視感が襲った。

隆輔が学生時代に借りていた狭い部屋を、石上聖一が出ていこうとして、振り返った。畳張りの木造アパート。染みの浮いた壁、色あせた襖の唐紙。めずらしくも美しくもない室内を見渡し、隆輔の顔を見て、にこりと笑った。近眼の彼の眼は黒く潤んで明るい光を湛えていた。それが最後だった。隆輔が彼を見た最後だった。

「先生ッ」

気がつくと、アキラに肘を取られていた。膝の力がカクンと抜けた。

隆輔は、畳ではなく樹脂塗装されたフローリングにくずおれた。アキラが膝をついて隆輔の顔をのぞきこんだ。
「どうしたい」
隆輔は喘いだ。アキラの肩をつかんだ。彼の首のつけ根に顔を伏せた。全身が冷や汗に濡れていた。小刻みに震えた。アキラが隆輔の肩に両腕をまわした。

彼の温もりと、息遣いと、鼓動の音が、隆輔に体温と正気を取り戻させた。顔を上げると、髭男は心配そうに眉をひそめていた。
「大丈夫かい?」
「……ああ」
隆輔は笑おうとしたが、うまく行かなかった。アキラの手が頬に触れた。彼の額が隆輔の額に触れた。
「調子悪いのかい?」
「いや」
隆輔は首を振った。
「体は悪くない。ただ……」
「なんだい?」
聖一の名を言おうとした舌を何かが押しとどめた。脳裏のどこかで鱗紋の摺箔がきらめいた。

自分が彼の部屋を出たあの朝、残された秀孝の思いはどのようなものだったろうか。

アキラの掌が隆輔の髪を撫でた。子どもをあやすようだ。彼は何も言わなかった。その黒い眼の湛えた寂しそうな光が隆輔の胸を詰まらせた。半開きにした唇がひどく震えた。俺は何を言おうとしているのか。
「なんか、思い出しちまったんだね」
アキラが言った。なにかが伝わったように。
「ああ……」
隆輔は溺れる者のように彼の声にすがった。
「そうだ」
後が続かなかった。アキラの掌が背中をさすってくれた。
「俺は」
隆輔は言葉を思い出した。
「幸せだ。貴様がいてくれるおかげで」
アキラの眼が一瞬明るく光った。頬に赤みが射した。隆輔は言ってよかったと思った。脳裏のどこかで般若の面が泣いた。

しかし、その後ろにいた人物は、いま隆輔の師匠だ。幻の存在ではなく、幽霊でも妖怪でもない。隆輔は次の稽古日に彼に会って、アキラとの間にこんなことがありましたと告げることはできない。その必要もない。これはただ、アキラと隆輔の間の出来事であり、二人だけの秘密だ。

「聖一が」
隆輔は言った。アキラが顔色を変えて息を呑んだ。
「振り返ったんだ、今の貴様みたいに。最後に会ったとき。俺はいままで忘れていた」
隆輔は、ふと目を閉じた。まぶたの裏に聖一の笑顔が見えた。
「思い出させてくれた。貴様が」
隆輔はアキラの肩をつかんで、腰を上げた。まだ少し膝が震えた。
「ありがとう」
立ち上がると、何に対してともなく言った。笑ったつもりだったが、アキラは小首を傾げて気遣わしげに隆輔の顔を見た。
「ごめんな」
「ん?」
「俺、今日は休めねェんだ」
「うむ? 俺だってそうだ」
「だって、大丈夫かい?」
「ああ。大丈夫だ」
急にアキラが思いつめたような顔をすると、隆輔に体重を預けるように上体を傾け、隆輔を力いっぱい両腕で抱き締めた。隆輔は彼の体重を受け留めて、彼を抱き返した。

そのまま、しばらく抱き合っていた。

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Date:2017/05/11
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Thema:自作BL小説
Janre:小説・文学

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